こんにちは☆
キリスト教福音宣教会(CGM)の2児の父、
イクメンパパです!!
イクメンパパは聖書を学び始めて
なんだかんだで23年目になっています。
自分が聖書を学ぶなんて
少なくとも高校生の時には
考えたこともありませんでした。

イクメンパパが大学生の時、
当時身近にいらっしゃった
キリスト教福音宣教会(CGM)の牧師さんに
お願いする形で学び始めるようになりました。
当時大学2年生だった自分は
受験で思うような結果が出なかったことを振り返り、
「大学生の間にこの人生を挽回したい!」と考えていて
「そのために自分自身を成長させる必要がある!」と
思っていました。
そのために
たくさんの自己啓発本を読んだり
ビジネス雑誌を読み漁ったりしながら、
大学生の間に色々な経験をしておきたいと考え、
なにか初めて経験できる機会があれば
何でもやってみようという
スタンスで生きていました。
当時色々な活動をしていたのですが、
その中の一つが聖書を学ぶことでした。
偶然なのか
個人的にはこれが神様の導きとも言えるのですが、
その時身近にCGMの牧師さんがいたので
学びたい気持ちをお伝えして
教えて頂くようになりました。
今思えばこの判断がとても賢かったと思いますし、
学びの機会を得てとても良かったと思っています✨️
聖書に書かれている内容について
わかりやすく、丁寧に、
質問があれば都度聞いていただきながら
知識が全く無い初心者の自分にも
親切に教えてくださいました。
ただ、イクメンパパは
当時は典型的な日本人だったので
宗教に対しては
ネガティブな印象を持っていました。
※今は自分自身も成長して日本人っぽくなくなったかも?
教えてもらっていく中で
「この壺を買えば、、、」とか
「このネックレスを買えば、、、」とか
そういう金品の購入などの話が出たら
すぐに逃げようと思っていました。笑
でも、
一回もそんなことはありませんでした。
毎回丁寧にかつ親切に教えてくださるし、
内容についてもちゃんと理路整然としていて
理解しやすかったです。

学び続けていった結果として
自分は学び続けたほうが
自分の人生にとって良いことが多いと感じ、
学び続けて今に至ります。
学び続けることで
自分の人生の判断軸が
確立されました。
学んでいく中で
自分が生きていることの価値、
自分が存在していることの意味や価値、
そういった抽象的な、
しかし多くの人が悩む部分について
はっきり教えてもらえたので、
いっとき躁鬱で半年間寝込んでしまい
何もできなかったときにも
自分の存在を否定しなくて済みました。
それを教わってなかったら、
忙しい社会人生活の中で
己の存在意義を見いだせず
自ら命を絶ってしまった可能性も
あったのかなぁと
ふと思い返してみた時、
考えることもあります。
そんなこんなで
ちょっと抽象的なお話になってしまいましたが、
イクメンパパは聖書を学び続けてきたことで
今の人生があるなぁと思っているし、
学び続けてよかったなぁと思い、
ちょっと若かりし頃を思い返して
記録に残しておこうと
ブログにしてみました☆










